Friday, March 24, 2017

日本の人口統計に関しての危機考

昨年の時点において、日本の人口は公式に減少している。

これまで長年の間、日本の出生率は人口置換水準以下(女性一人当り2.1人以下の出生数)である。 移民入国者数の少なさと相まって、この数字は高齢化社会を招いた。日本の中央値年齢は47歳で、世界二位の高さである。程なく平均的日本人像は、50歳超えになるだろう。

これがなぜ問題なのか? さて、ある人は、「それは問題ではない」と議論する。またある人は、「日本は比較的小さい国だから、その人口密度は限界に達していて、出生率の減少は理にかなっている」と言うだろう。多くの人は、日本(あるいは全世界すらも)は単に人口過多であると信じている。 

私はその考えは買わない。日本は人口密度についてはインドより低く、40位にランクされている。インドの出生率は、人口置換水準より申し分なく上である。もし日本より高い人口密度の国が人口置換水準より以上の多産性を維持できるとすれば、日本の問題は人口密度ではなく、むしろ文化かもしれないということになる。

公平を期すために言えば、日本は極めて山地が多いため、利用可能な国土面積についてはインドとの比較が適切ではない。しかしながら、人口密度についてもっと普遍的に考えれば、基本的な論点は有効であると思う。例えば、日本の人口を4倍すれば、その人口密度はニューヨーク州クイーンズ区の約半分となる、と考えてみてほしい。私はそこに住んでいたことがあるが、そんなに悪いものではない。素敵な公園や郊外らしい一帯、広々とした空間が豊富だ。日本はその技術レベルをもってすれば、少なくとも10倍規模の人口を維持できるのではないか。当国が単に人口過多であるとは、私は同意しない。

また、この星が人口過多であるとも同意しかねるし、例え同意したとしても、日本人がより少なくなることが解決策だとは主張しないだろう。日本人はこの世で最も生産的で、温和で、IQの高い人間の一種だ。少なくではなく、もっと多くの彼らを我々は必要としている。もしも本当に人口増加制限を望むならば、我々は開発途上の世界にフォーカスするべきだ。まさしく我々は環境、クリーン・エネルギーへの転換や地球温暖化との戦いへの取り組みを優先的に行う必要がある。しかし、最も効果的あるいは道徳的な解決策が、豊かな国で(あるいはどんな国でも)低い出生率を奨励することだとは、私は同意しない。

日本の出生率もまた、深刻な問題だ。若い労働者人口の少なさは、公的年金があっさり名誉にはならない傾向を引き起こした。その恩恵は劇的に大幅カットされていくため、人々ははるかに遅く退職することを余儀なくされる。高齢化社会の経済的結末は、1980年代末の日本の崩壊以来、明白だ。数十年にわたり、彼らは鈍い成長に甘んじてきている。

更に話を進めて、低い出生率は文化の沈滞と退廃を意味すると論じたい。それは人々が自身の未来を計画し形作ることができなくなったことを示唆する。家族の価値が切り下げられたことを示唆する。家族は自由な公民的社会の礎なので、この現状は私に言わせれば危険なことだ。個人のみによって形成された社会は、簡単に扇動政治家やペテン師に操作される。家族は、国家に対してより以上に忠誠であるべき何かを個人に与える。家族を持つことで、人は数世代にかけての考えを巡らし、また決定の長期にわたる影響を熟考する。良い主張は、家族を持つ人々に投票を限定することで得られるかもしれない。

それでは、日本の出生率の解決策はどのようなことか? 答えは、何をこの問題の原因と特定するかによる。日本人に質問すると断然、最もよく聞くスケープゴート(言い逃れ)は、経済だ。生涯保証雇用が過去の遺物となったことで、人々は結婚して子供を持つことがただ高くつくように感じている。政府は子持ち家庭に補助金を出して援助しようと試みているが、あまり助けにはなっていない。

私は経済という説明には、多くの理由でいたって懐疑的だ。私には、貧しい第三世界の女性が5人の子供を難なく育てられるならば、豊かな日本の人々は数人の子を育てられるはずに見える。その上、急激な出生率減少は、日本の名高い成長と経済的ミラクルの真っ只中である1970年代に始まっている。つまり経済が繁栄している時でさえ、人々は子をより少なく持つことを選んでいたのだ。

日本はいろいろな意味でその成功の犠牲者だったのではないか、と私は感じている。多くの人々は繁栄が永遠に続くと考え、家族を持つことを延期して、非現実的な生活水準に慣れた。その文化は結婚や子どもをより低く見積もるように変わった。より多くの女性が働いたり、大学に行くこともまた大きな要因のようだ。

しかしながら、この問題は、女性やフェミニズムに主に起因するものとは思わない。確かに、日本の女性は選り好みしがちではある。今人気のドラマ ”東京タラレバ娘”は、結婚しようと奮闘する30代女性たちの話であることから、その性向を少し実地踏査している。それでも、大多数の日本女性は結婚したいと望み、かなり高い割合で主婦になりたいとも望んでいる。現在の事態に関しては、男女ともに責められるべきだと思う。私の観察では、日本における男女の社交の世界は非常に独特だ。デートや女性にまるで関心がない多くの男性が存在する。彼らは「草食系」として知られ、専門的には草食動物を意味するが、単に女性に対しての積極性の欠如を言い表している。この種の男性にとって、それは女性嫌悪でも、政治的表明でもない。彼らは文字どおり、女の子にどう声をかけたらいいかわからないだけなのだ。従って、より多くの結婚を促進するベストな方法は、より多くの縁組を可能にするような、社会的交流を切り開く方法を見つけることだと思う。ある種の箱の外思考( 異なる方向からの新しい解決法)が必要とされている。

短期的には、日本は少なくとも多少は労働需要を満たす移民を増やすべきかもしれない。過去に彼らは、高齢者人口をケアするフィリピン人女性看護師のような、特定産業でのアジア人熟練移民に集中してこれをやっていた。この種のことが増えるのは、悪いアイディアではない。フィリピン人、ベトナム人、そしてより貧しい東アジアの国々からの移民は、一般的に吸収に熱心で、とても働き者だ。女性たちはしばしば結婚を手に入れようと求め、ついには日本名を得る。それゆえに、これは移民による僅かな文化的妨害の奨励すべき形態である。狙いを定めた移民の増加に伴い、政府は間違いなく支出を減らし、資格付与について統治するべきだ。

長期的には、もしも出生率が改善しなければ、うまくいけばオートメーションが究極の修繕策になるだろう。すべての産業がロボットで運営されれば、単純に日本はそう多くの労働者を必要としなくなる。男性はより少なく働けばよく、女性は子供とともに家にいられる。(ママはロボットにとって代わられるべきでない数少ない仕事の一つだ)これはそう酷くはない未来像である。